憧憬

あの日俺はアトス様に救われた。

あの背中を、忘れた日は一度もない

 

 

住んでた村は戦争で、ほぼ半壊だった。

両親は、その戦争で命を落とし、孤児になった俺は生きるために傭兵部隊に身を寄せた。

あの頃は確か14歳だったと思う。

傭兵達は親切そうだったが、何のことはない。

俺はただの使いっぱしりだった。

自己流で得た剣技、武器の扱い、敵の倒し方

傭兵になると、それなりに稼げるけど、一度、戦場に駆り出されると安易に休むことは儘ならないし、

年中人手不足で、仕事は過酷だ。

そして

都合良く使われただけで、足手纏いになったら切り捨てられる存在なんだと

切り捨てられて初めて気付いた。

それでも三年は傭兵の世界に居たんだ

なのに、この仕打ちかよ

年齢は17になっていた。

傭兵としては、戦場で仕事を無難にこつこつとこなし、まずまずの順調ぶりだった筈だ。

少しづつ賃金が上がっていくのを実感することがやりがいへと繋がっていた。

賃金が上がることも喜ばしいが、それ以上に、実力が認められているからこそだと信じて疑わなかった。

結局、傭兵仲間に裏切られ、金を巻き上げられ、戦地に取り残された。

俺が弱かったのか、傭兵の世界なんてこんなもんだったのか

絶望しきった俺は、思考も弱ってたらしく、もう死のうかな

敵の軍人の前に武器も持たずにふらふらと飛び出した

あの時の俺は、一度死んだんだ

 

 

        ※※※※※※※※※※

 

 

あの方に会うことは、なかなか叶わなかった。

たまに休暇を貰って領地に戻ったあの方を見つけると、嬉しいのに何故か緊張した。

だが、気さくに俺に声を掛けてくれた。

あの頃

傭兵だった俺は、あの方に救われたが、正直言うと、何か裏があるのではと警戒してた。

悪い癖だが、自分はそうやって生きてきた。

だから人間が信用ができなくて、とにかく警戒しかなくて

あの方の善意を素直に受け入れられなかったが、俺の本能が生きることに執着したようで、

一旦は受け入れる素振りを示し隙を見て逃げるつもりだった。

でも、俺の思惑はどうやら見透かされてたようで、逃げようとする俺に

「逃げてどうする?」

と、あの方は静かに問う。

どうする

どうする?

そんなの分かるもんか。

ただ生きていくのに必死だった三年間だったんだ。

先のことなんか何も考えてなかった。

だが、そんな俺を一言も責めずに、繋いであった馬を指差し

「あの馬を使え

何のつもりだ?

憐れんでるのか?

俺の剥き出しの警戒心を、あの方はスルーして

「但しちゃんとした仕事をするならという条件付きだが」

と、言ってきた。

仕事?

俺が?

あの方は言った。

本来なら自分が治めなければならない領地があるのだが、訳あって、今はパリで銃士として働いている。

しばらく領地に戻るつもりはないが、領地のワイナリーが常に人手出不足で

何かと問題が起こることも多いとのこと

元傭兵なら体力もあるし、俺の年齢的に、まだ若く吸収がいいので柔軟に動ける。

だから手伝いをして欲しいと

そんな上手い話あるものか。

信用なんてできるか。

そうは思ったものの、一度死ぬ気になったんだ

もう、何でもいいやと、若干、自暴自棄になっていたのは否めない。

嫌になったら逃げればいいさとさえ思ってた。

だから俺は、その提案に乗ったんだ

 

 

あれから五年

俺は逃げることなく、結局、あの方の領地内のワイナリーで働いた。

もちろん、これからもだ

あの方の提案は、俺に人間らしい生活をもたらした。

すっかり忘れていた読み書きを復習し、今ではすっかり不自由ないし

剣技の訓練も怠らないので、何かあった際は、あの方の手助けになる。

実際、ワイナリーを強引な手段で乗っ取ろうとした者が居たが、

あの方の頭脳はとても明晰で、その指示通りに動いたら、相手は失脚した。

ただあの方は、今も相変わらずパリで現役の銃士をしており

この領地の領主であることは隠しているらしい。

だから爵位で呼ぶことは禁句だ。

あの方にパリに逢いに行くのも禁止で、何か用事を賜わった時だけ指示通りに動く。

年に一度、領地に戻るか、戻ってもすぐにパリに帰ってしまう

そんな感じだったので、もう二年程会えてはいない。

領地の者達や使用人は、あの方を爵位で呼ぶ。

とても敬っている。

だが、俺は初めて逢った時から、あの方を爵位で呼んだことはなかった。

本名じゃないのは承知していたが、あの方が爵位で呼ぶのを嫌がったので

俺は領地で会っても、領地外で会っても「アトス様」と呼んでる。

アトス様に助けてもらった命だ。

俺は可能な限り、あの方の役に立ちたい。

 

 

そんなある日、あの方からミッションを与えられた。

まあなんてことはない。

ワインを届けて欲しいとのことで

確かに昨年は良い葡萄が豊作で、ワインの質がかなり良い。

届け先はパリじゃなかった。

あの方は今、パリ郊外のとある館に滞在してるらしい。

仕事なのか余暇なのかは不明だが、しばらく滞在するようなので運べるだけ運んで欲しいと

俺は素直に嬉しかった。

きっと、こういう機会でもないと、アトス様に会うことは無理だろう。

久しく会ってないのだ。

頼みたいこともある。

俺は迷うことなく、即実行に動くことにした。

 

 

        ※※※※※※※※※※

 

 

遠出は久しぶりだ。

本当は脚の速い馬で少しでも早くとは思ったが

あの方の望むワインを沢山運ぶには、やっぱり荷馬車の方が都合が良く

積めるだけ積んで出発した。

そしてようやく訪れたその館はブローニュ郊外にあるものの立派な佇まいだった。

正面から「御免下さい」と声を掛ければ、迎えてくれたのは初老の使用人だった。

「あの初めまして。銃士のアトス様が滞在していると伺って参ったのですが

こちらでお間違いないでしょうか?」

「はい。合っていらっしゃいます」

「あの自分は

身分と名を明かそうと口を開いたが

「連絡は頂いています。今、ご案内致します」

と、すんなりと中に通してもらえた。

「あの荷物が

積み荷のワインは、まだ荷馬車に乗ったままだ。

「こちらで中に入れますので、どうかそのままで

「はぁ

促され、広い館の中を歩き、長い廊下を進む。

途中、立派な中庭や、高い天井のある吹き抜けを横目に見ながらも進んでいくと、

かなり離れた部屋に着いた。

「お客様です」

使用人が扉越しにノックして、そう声を掛けると

「入れ」

懐かしい声がする。

扉を開ければ、こちらに背を向けデスクに向かう男性の背があった。

あああの方だ

こみあげてくる熱いものをぐっと飲み込んだ。

一区切りついたのだろうか、立ち上がり振り向いたその人は、最後に会った二年前と

ほとんど変わらぬ精悍な姿に安堵する。

アトス様のお陰で今の自分が在る。

俺の憧れの人だ。

「久しぶりだな」

そう言って笑う姿も相変わらず、カッコいいなと思う。

「ご無沙汰しております」

本当に本当に二年ぶりの再会に目頭が熱くなる。

初めて会った時アトス様の親切な提案に俺は不信感を抱いたまま受けた。

あの当時の俺は、人間を全く信用してなかった。

ものすごく荒んでた。

いくらアトス様が親切にしてくれても、騙されているのだと思ったし、

言いくるめられて、一生奴隷のような扱いを受けるのかと覚悟した。

でもアトス様は少なくとも俺を騙したりはしなかった。

俺に新しい生き方を与えてくれた。

アトス様にとっては、ただの気まぐれだったのかもしれないが、

こんな人がいるんだと初めて思った。

自分が生きてることに、アトス様に出会えたことに心から感謝した。

だからこそその右腕になりたかった。

出来る事なら、アトス様を護れる立場になりたかった。

下げた頭から、懐かしさと傍に置いてもらえない悔しさで、涙が零れてしまった。

アトス様は俺の肩をポンポンと優しく叩き

「今年のワインは良い出来だって?」

「はい」

俺は、会ったらお願いしたいことがあった。

今は、それを言う絶好の機会ではないか

「あの

だが、思うように言葉が出ない。

「どうした?」

「俺は銃士になることはできませんか?」

解かってる。

貴族でもないし、何の身分も後ろ盾もない元傭兵の俺が銃士になるなんて最初から無理な話なのだ。

しかも年齢的に二十代で銃士見習いからスタートするなんて普通は有り得ないことも知っている。

「それが無理なら、パリで俺をアトス様の侍従にしてもらえませんか?」

アトス様がパリの銃士隊でその実力と能力を生かし、絶大な影響力を持ち、

三銃士と呼ばれ一目置かれていることは知っている。

銃士隊で頭脳的役割を担っていることもだ。

強敵を前にしても揺るがない冷静な判断力と分析力、視野の広さ、

そして長年培ってきた軍人としての勘指導者として十分な器だ。

敵を観察し、戦況を第三者的な視点で捉えることができるからこそ、参謀が務まるのだ。

今の自分の立場に文句はないが、俺はこんなにも尊敬するアトス様のお側で仕えたいのだ。

昨年、海沿いの小さな村が外国の海賊に襲撃された。

鎮圧のために一個師団が駆り出されたが、悪天候で分厚い雲が日光が遮られ視界が悪かった日が続き、

その天候は軍人達の足を鈍らせた。

まあ、簡単に言えば劣勢だったってことだ。

これ幸いと暴虐は収まらずそこで新たに指揮を執ったのがアトス様だった。

アトス様の采配は、むやみやたらに軍人を送り込むのではなく、

嵐の中でも動ける軍人を自らも含め、わずか十名だけ送り込んだのだという

結果、最小限の犠牲で海賊達を鎮静することができたと

この武勇伝は称賛と共に国内を廻り、俺の耳にも入った程の有名な話だ。

無謀に見えて計算しつくすされたその作戦

こんな有能な人が、銃士を辞めて領地に戻るなんて、きっとまだまだ先だろう。

俺はその片腕になりたい

切に思う。

俺のアトス様への憧憬は止まるところを知らない。

アトス様は深く息を吐きだした。

「お前が銃士になるのは難しい

それは承知で言ってみたがやっぱりなと落胆する。

「それに、侍従という立場はお前の能力を生かしきれない」

俺の能力?

俺の能力とは何だろう

でも、せっかく伝えることができたのだ。

ここで引き下がってしまうのはと、躊躇ってた時に扉をノックする音がし、

「お客様です。広間でお待ちしております」

と、声が掛かった。

「ようやく来たな」

と、苦笑しながらアトス様が立ち上がった。

「先約があったんですね。申し訳ありません

「いや、気にするな。まさか、もう帰るつもりはないだろう?」

本来なら、御用は済んだのだから戻らなきゃならない

アトス様だって、きっと何かの任務で、この館に滞在しているのだ。

仕事の邪魔をするワケにはいかない。

帰りの道中、どこか宿に泊まるかと考えていた。

「せっかく来たんだ、今日は泊っていけ。夕食を用意させる」

「いいんですかっ!?」

この館は、アトス様の物ではないのは知っているが

本当にいいのだろうか

アトス様のここでの滞在が任務なのか、何なのか判断つかないが、仕事のことに踏み入ったり、

尋ねることはしてはいけないと知っていたので、思いがけないその言葉が嬉しかった。

「ゆっくりしていけそうだ、何なら後で剣の手合せ付き合って貰おうか?

お前の成長、どれ程か見てやろう」

「ありがとうございます」

これは自分の技量を見せる好機だ。

もしここで一目置いてもらえれば、先程の件を考えてもらえるかもしれない。

アトス様が広間に一緒に来るかと訊くので、もちろんと立ち上がった。

そう言って貰えるってことは俺が会っても差し支えない人物なのだろう

それくらいにしか思わなかった。

 

 

        ※※※※※※※※※※

 

 

もと来た廊下を辿り、広間に着いて驚いた。

そこには、とても綺麗な顔した金髪の人物がいたからだ。

男?

顔立ちが恐ろしく整い、顔が小さく細い身体に白い肌。

長い睫毛に青い目あ、でも着てる衣服は男物だ。

剣帯にはレイピアが吊るされている。

見た目はとにかく美しい男?

というのが第一印象だった。

その人物は、無表情で眉ひとつ動かす気配がない。

「よく来たな」

アトス様が親しみのある挨拶を送っているのに、この人物は挨拶もしない。

なんか機嫌悪そうだな

「急いで来いって一体何? 忙しいんだけど

「まあ、そう言うな良いワインがある」

「それが人を呼びつけた理由?」

「あと、隊長に渡して欲しい書類がある」

「それだけ?」

「そうだ」

はぁと、この麗しい人物は大きく息を吐き出し、長椅子にどさりと座った。

アトス様に対して、こんな遠慮のない物言いができるなんて、この人は一体何者なのだろう

「君が此処でのんびり滞在しているから、負傷しない限り休暇がないっていう

おかしな労働環境になってる

綺麗な青い瞳がアトス様を睨む。

「休みの日は訪ねて来いって言ったろ?」

「話聞いてる? その休みが無いって言ってるんだけど」

「休みとは強引に奪い取るものだ」

「もういい」

第三者から見て、どうも健全的な会話じゃないような気がしてきた。

話せば話す程、この者の不機嫌さが増してるように感じる

でも、そう感じるのは自分だけのようで、アトス様は気にしてないようだ。

麗しい人物に俺を紹介してくれたアトス様は

「彼は元傭兵だ。腕っぷしは悪くない」

え?

元傭兵とか言っちゃってもいいんですか?

そんなこと言ったら、大抵、懸念されるのに

って言うか、この人、元傭兵って訊いても特に反応ないし

俺の素性に関しては全く関心ないようだったけど、アトス様は俺の腕の評価をしてくれて

ちょっと誇らしい気分になった。

「そして彼はアラミス。俺の同僚だ」

互いに挨拶する。

同僚

銃士か

こんな女みたいに綺麗な銃士がいるなんて、やっぱパリはすごいな

年齢を尋ねると急にテンションが急降下した。

なんだよ俺より歳下かよ

アトス様が、このアラミスという銃士をこの場に呼びつけたようだけど

本人は、どうも不服そうだ

「先客も居るようだし、書類を受け取ったらボクはパリに戻るかな

アトス様は苦笑しながら

「まあ、そう急くな実は隊長に渡す書類がまだ仕上がってないんだ、明日まで付き合え」

「書類がまだ!?」

「そうだ」

「あのさぁどうせ呼ぶなら書類を完成させてからにしてよ」

確かにもっともな苦情だが、いくら同僚とはいえ、こんな口の訊き方許されるのだろうか

でもアトス様は楽しそうだ

そうか許されるのか

なんだが、心中複雑な気分だった。

 

 

アラミスという名を聞いたことがあった。

だが、いくら考えても、そこまでだった。

数々の武勇伝を持つ軍人は、この世の中には多数いるが、この麗しい銃士が

華々しい武勇伝を得ているとは到底思えない。

アトス様に関係することは情報として得るようにはしている。

三銃士と呼ばれ、アトス様がその中の一人だという事は誇らしかった。

他のメンバーの名は何だったかな

そうだ1人増えて、最近じゃあ四銃士と呼ばれてるらしい。

その増えた銃士が俺だったらなぁ

なんて虚しい想像をしてみる。

でも、どの銃士もアトス様に劣らず、文武両道の立派な銃士なのだろう。

しかし

アラミスを横目で見る。

パリには数多くの銃士が居るとは知っていたが、こんな華奢な奴が銃士だなんて

いや、もちろん見掛けで判断してはいけないのは承知だが

俺より若いし、とても強そうには見えないのに、こんなことがあっていいのかと、

嘆きたい気分だったのが正直なところだ。

しかもアトス様に対してあんなタメ口なんて、一体どういう事だろう

アトス様が咎めないから、ぐっと堪えてはいるが、あのものの言い方は

正直、聞くに堪えない。

 

 

アトス様が、まだ書類作業が途中なので、一旦書斎に戻った。

アラミスは庭にあるベンチ椅子に座っている。

風が心地良いのか、ぼんやりと、やや眠そうにしていた。

俺はアラミスに話しかけることにしてみた。

「アトス様との任務は多いの?」

「さあどうだろう多いのかな

「でも、戦争や内乱の際は一緒に闘うんだろ?」

「まあそうだね

眠いのか、何か他人事みたいな返答だ。

戦争か

元傭兵の俺には、戦争という、あの凄まじい光景は脳裏に焼き付いている。

今思えば、よく生き残れたもんだと思う。

こんな線の細い奴が、あんな戦場でどうやったら生き残れるのか

いくらアトス様のフォローがあったとしても想像もできなかった。

だって、勝利に貢献どころか足を引っ張るようなイメージしかないのだ。

もし本当にアトス様の足を引っ張り、その命を脅かすような事態になったなら

俺は、このアラミスを許せないだろう。

だが、先程の会話から察するに、アトス様はアラミスを随分と自由にしているようだ。

あの口の利き方。自由な態度、先輩に対する尊敬の畏怖もない。

なんて無遠慮で生意気な奴なんだ。

銃士になりたくてアトス様に認めてもらいたくて

俺は今日まで頑張ってきたのに、あいつは一体、何なんだ。

「まあ今まで生き延びれたのは運が良かったからかなぁ

「は?」

これには目をむいた。

そんなことを眠そうに呟く、こいつは一体何なんだ?

こいつの言うことが本当なら、なぜこいつは銃士隊員なのだ?

本当に実力があって銃士になったのか?

「適当なこと言ってるな」

突然背後から苦笑いの混じった声が掛かり俺は飛び上がりそうになった。

アトス様の気配をぜんぜん感じなかったのだ心臓に悪い。

後になって気付いたことだが、彼は俺のように驚いてはいなかったから、

アトス様の気配に気がついていたのかもしれない。

アラミスは伸びをしながら立ち上がり。

「適当じゃないと思うけど

「運だけで銃士になれると勘違いする奴が出てくる」

「そういう意味じゃないけどさ

二人の視線が絡む。

これはアラミスの謙遜なのか?卑下なのか?

アトス様は大きく息を吐き、苦笑しながら俺に

「アラミスは三銃士の一人だ」

!?

はい?

こいつが?

この弱そうな奴が?

俺は思わずぽかんと口を開けた。

「別にわざわざ言わなくても

アラミスのその反応は、アトス様の言葉を肯定したようなものだった。

銃士

三銃士

銃士隊のトップ中のトップだ。

アトス様と同じカテゴリーだ。

俺より歳下であるこいつが三銃士?

意味が分からない。

いや軍人は実力主義だから年齢は関係ない

関係ないが

言葉を失う俺に、

「そりゃあ驚くよねぇ見た目、強そうじゃないし

と、他人事のように呟いたアラミスは、気怠そうに伸びをしながら館の中に入って行った。

「アトス様今の話、本当ですか?」

「勿論彼の剣は優美でしなやかで軽いが早い」

ちょっと理解が追い付かない

アトス様が、そこまで言うってことは本物なのか?

いやでも

俺の反応を見て、アトス様は笑った。

「つまりお前にしてみたら、彼を三銃士として認められないってワケだな

そう言われてしまいでも、たとえ建前でも否定はできなかった。

だって俺の中での銃士の基準がアトス様というのは、確かに高いかもしれないが

けれど強い者はアトス様のように纏う空気が違うもんだろ?

でもアラミスに対しては、それが全く感じない。

線が細くたって筋肉がしっかりついて、体躯が良い者だっている。

だが、アラミスはどことなく覇気がないし、頼りなさ気な雰囲気で

あれが三銃士なんて疑問しかない。

俺がアラミスをどう思っているか察したようで

「仕事が増えて疲れてるんだ俺がここに籠りっぱなしだからな

それはフォローになってないような気がする

だってそれ以前の問題のように思えるから

そう思案する俺が面白いのか、アトス様はくつくつと笑うと、

「剣の手合せをするか?」

そう言って、渦巻く俺の脳内をいったん切り上げてくれた。

促され、庭の植栽がない場所に移動する。

アトス様は俺にレイピアを手渡してくれた。

「せっかくの機会だ、真剣勝負でいくか」

俺は今までいつだって真剣勝負だった。

でも、いつだって敵わなかった。

今日こそはと、遠慮なく跳びかかる。

渾身の一撃を打ち込めば綺麗に流され、剣の一撃が脇を突く。

何とか身を捩ったが、衣服を掠っただけで息が止まるような衝撃。

これが現役銃士の力

アトス様の剣が一瞬にして詰めてくるのを、地面に手をついて一転して躱し、

地面に足がついた瞬間姿勢を低くしたまま踏み込む。

剣での勝負はスピードが大きくものを言うどんな境地でも瞬発力は求められるのだ。

俺の剣を受けながらも口角を上げ笑えるその余裕。

剣と剣がぶつかる音は、なぜにこんなに美しく澄んだ音なのだろう

手合せの最中だというのに、思わず聴き惚れてしまう

その一瞬を逃すアトス様ではない。

気が付いた時には、俺は地面にしたたかに打ち付けられていた。

レイピアでの手合わせ多少の傷は覚悟していたが、ここまでやられても俺は

一滴の血も流していない。

明らかに手加減されていた。

「強くなったな」

笑うアトス様につられて、若干、照れる。

本当ならば悔しいと思うべきなのだが、照れ笑いが顔に出る。

アトス様には全く歯が立たなかったけれど

むしろ余計な怪我をしないように気を使われてしまったけれど、

憧れの人にそう言ってもらえたのだ

喜ぶなという方が難しい。

 

 

        ※※※※※※※※※※

 

 

豪華な夕食を振舞われ、上等な酒を注がれ、俺はすっかり舞い上がってしまった。

いくら、アトス様のお陰で今の生活が安定しているからといって

こんな絶品の料理、そう食べられるものではない。

アトス様は俺に酒を注いでくれるだけで畏れ多いし、アラミスは口数少なく黙々と食してる。

この館の使用人達も嫌な顔ひとつせず俺をもてなしてくれて、至れり尽くせりで逆に申し訳ない。

ちょっと飲みすぎたようで、早めに就寝することにしたが

この館が余りにも広すぎて、自分の部屋が分からなくなってしまった。

でも、こんな立派な館、そうそうお目に掛かれるもんじゃない。

迷ってはしまったが、俺はまるで散歩のように、呑気に館の中を歩いていた。

庭に出るバルコニーを見つけた。

月明かりが庭を照らして、昼間とは違う景色のように見える。

酔い冷ましに、風に当たろうかと思い中庭に出る。

あれ?

どこからか、クスクスと楽しそうな笑い声が微かに聴こえる。

間違いない笑い声だ

どこから聴こえてくるのだろう

何となく引き寄せられるように辿って行く

静かにゆっくりと歩みを進めると、クスクスと笑い声が混じった声が次第に近くなる。

おそらく庭のパーゴラの下のベンチ椅子に座っているのだろう

本日は雲の少ない良い月夜だ。

足音を立てずに近付き、植栽に身を潜め、そっと声のする方を見やると

アラミス

彼の姿が見えた。

結ばれることなく背中を覆った金の髪が、なんてキラキラと夜に映えるのだろう

その隣には

見覚えのある人物

あっと声を上げそうになったが、瞬時に自分の手で自分の口を塞いだ。

月明かりが照らす二人の姿が、こんなにも眩しく美しい

アラミスの膝に頭を乗せて、夜空を見上げるように寝転び、ベンチ椅子の上で

長い足を組んで、腕を伸ばし、アラミスの金の髪を弄ぶように指で絡めている。

何を話してるかまでは解からないが、すごく穏やかに楽しそうに笑ったりしてる

あんなあんなアトス様の顔見たことない。

そしてずっと無表情だった、あのアラミスが笑ってる

綺麗

あの二人がすごく綺麗だ

この光景なんだ?

静かにその場を離れる

少し離れた植裁に身を隠すように、その場に座り込んだ。

あのアトス様が、あそこまで心を許せる存在がいるなんて

立てた膝に額を当てて、地面を見詰める。

その視界もゆっくりと閉じた瞼の向こうに消えていく。

視覚も嗅覚も触覚もすべてを聴覚に集中させる

あの二人の穏やかな笑い声は優しい音だ。

なんだろうこんな風に、人の声が癒しに聴こえるなんて

こんなの知らなかった

不意に声が止まった。

中途半端なところで切られたので、俺は違和感を感じ顔を上げた。

ついでに嫌な気配を察して急いで立ち上がる。

何だ!?

どこからか庭に入り込んで来た複数の男達に気付く。

どこからどう見ても怪しい侵入者だ。

だが俺は自分の間抜けさに気付く。

今の俺は丸腰だ。

剣は部屋に置いてきてしまった。

はっと、気付いた時には、体格のいい男が俺の前に立ちはだかっていた。

その男と目が合った瞬間、俺は後ろから別の者に後頭部を殴打され、その場に倒れ込んだ。

かろうじて顔を上げるが、起き上がることができない

他の者達は、あの二人がいたパーゴラのベンチ椅子の方に向かう。

アトス様!

叫びたくても声が出ない。

あの二人も丸腰の筈だ

戦っている気配も何もないし、声も息遣いも聞こえない

二人共襲撃を受け地面に倒れてしまっているのだろうか

懸命に頭を上げようとするのに気付いた男が、俺を蹴り上げた。

容赦のない蹴りだ

結局俺の実力なんてこんなもんだった。

傭兵なんて名ばかりで、あの三年は戦場でなんとか生き延びてきたが、

それはただ単に運が良かっただけに過ぎないのだ

今まで俺が戦場で倒してきた奴等は皆、それなりに強いと思っていた。

けどさいくら不意打ちとはいえ、俺はこんなにも無力だなんて

相手は俺の胸ぐらを掴み、強制的に立たされた。

何て力だ

「心臓がいいか?頸部がいいか?」

嫌な笑いを浮かべながら問うが、俺が無言で睨むと

「雑魚は死ね」

相手が剣を振り上げる。

ああもうだめだ、と絶望反射で目を閉じた。

その時だった。

衝撃で俺は地面に投げ出されていた。

一瞬、何が起こったのか判断がつかなかった。

男の左脇腹から血が流れてる剣で切られたんだと気付くのに、俺は数秒を要した。

「えっ?」

呆然と呟いた俺の耳に入ったのは男の悲鳴。

「致命傷じゃないよ大袈裟だな

冷めた口調の声が耳に入る。

他の男が襲い掛かるが、少しの動揺もなく、剣を一瞬にして持ち直し防御する。

だが、相手が力任せに押してくるのか、やや劣勢になるかと思いきや

一瞬屈んで、相手が態勢を若干崩した瞬間に振った剣が余りも早い

そう

戦場で沢山の軍人を見てきたが、今、俺の目前で展開されている動きは

目で追い切れない程早い

アトス様

いや髪の色が違う

背格好だってまるで違う

なのにどうしてだろう重なって見えたのだ。

傭兵時代、俺を襲ってきた奴を倒し、助けてくれたアトス様に

でも今、俺の目の前に居るのはアトス様じゃない

「アアラミス?」

奴等に襲撃されたと思っていたのに、一体彼はいつの間にここまで移動してきたのだろう。

ようやく自由を取り戻した体で辺りを見れば、複数の男達が倒れていた。

え?

全員倒した?

この数秒で?

本当に一瞬の出来事だったのだ。

アラミスは呼吸ひとつ乱さずに、宙で剣を振り血する。

俺は今アラミスに救われたのか?

「無事か?」

どこからかアトス様が姿を現し、俺に声を掛ける。

「あっはい

慌てて立ち上がる。

無傷とはいかないが、多少の傷があるくらいだ。

「なんだもう片付いたのかぁ?」

大きな影が近付いてきて思い思わず息を呑む。

「ほらだから早く行こうって言ったのに」

その後ろには若い少年の姿

「アラミスが綺麗に片付けた」

そう報告するアトス様の言葉に

「遅い!」

アラミスが鋭く被せると少年は申し訳なさそうに

「ポルトスがなかなか食べ終わらなくて

「片付いたならいいじゃないか」

大男が呑気に呟く。

「彼らは一体

思わず呆然となるがポルトス?

ポルトス

一旦思考が止まる。

アトス様アラミス、ポルトス

思わず声を上げそうになった。

三銃士だ!!

今、俺の目の前に居るのは、あの憧れていた三銃士

「どうして三銃士が

本物だ

今、俺の目の前に揃ってる

「驚かせて悪かったな数日前から奴等の動きは察知していたんだが、現行犯で捕らえたかったので、

油断させるために泳がせてたんだ」

え?

泳がせてた?

「しばらく動きが無かったから、今夜は大丈夫だろうと思っていたんだが

お前が訪ねて来た日が襲撃日になるとは想定外だった」

これって

アトス様の任務の一環での今ってことなのか?

呆然とする俺にアトス様が説明してくれる。

王室御用達の武器を横流しをしてる奴等がいて、その者達は捕らえたのだけど

捕まえた奴等はどうも末端で、背後に黒幕がいるのではと踏んでいた。

調べてみると横流しの連中は組織として、かなり大きいと判明。

末端を捕まえても意味がないと判断し、横流しを阻止するために最新式の武器の大半を、

この郊外の城で厳重に保管いているという情報を流したと

しかも、その武器の保管管理をしてる者は、軍人とは名ばかりで閑職を望む怠慢な男だと

そんなガセ情報という餌を巻き、組織の奴等が喰らいつくのを地味に待っていた

そんな任務だったらしい。

要するにアトス様は囮役だったのだ

「アトスが城で優雅に過ごすのが任務なのに、他の銃士は外での見張りだもんなぁ

「いやけっこう羽目外してたじゃないか

若い少年が苦笑する。

「隊長から回ってきた書類作業が多すぎて、優雅になんて程遠いな

アトス様の口調が楽しそうだ。

「書類に追われて羽目外せる余裕なんてなかったがな

「ほらぁ

少年がポルトスを肘で制す。

そのポルトスの隣に居たアラミスが、持っていた剣を地面に放り投げ

「今回の任務ボクは全く関わってないのに、一番労働した気がする

「まあ、そう言うなって」

全く関わってない!?

けど、全員を倒したのか?

しかもアラミスはまったくの無傷だ。

って言うか、擦り傷といえど、怪我をしたのは俺だけだ

「結局、パリに残ってるボクが仕事に追われて、もう三週間も休み無しだ」

アラミスは心底うんざりした表情で呟く。

「だから言ったろ休みとは強引に奪い取るものだと

「いやそれはどうかと

困った顔の少年が、いちばんまともな気がするのは気のせいだろうか

「長丁場になると思って酒を調達したが…仕方ない。パリまで持っていくか」

「任務は終了したんだ。今夜は酒盛りでいんじゃないか?」

ポルトスの提案は誰も拒否しない。

それにしてもアラミスの動きには驚愕だった。

あの瞬殺の剣技が全てこのアラミスによるものだったというのか

にわかに信じがたいが、確かに自分は助けてもらった。

目にも止まらぬ速さで決着に時間をかけない一撃。

これは確かに三銃士と呼ばれるだけのことはある

何だろう

なんか落ち込む

「あのさ相手を誘き寄せるために此処に滞在してるのは知ってたけど、泳がせとくとか、

そんな状況なら、武器ぐらい常に携帯するべきだし、そう一言あってもいいよね?」

アラミスがアトス様に文句言ってる

「囮役なら少しは加勢しろよ! ボクに丸投げっておかしくない?」

え?

アトス様、加勢しなかったの?

少しも?

それは怒るかも

本当なら、いつだってどこだってアトス様の味方でいたいが

この状況を目の当たりにすると、アラミスが多少気の毒に思える

「だってお前、強いだろ」

アトス様は苦笑しながら

「まあ、そう怒るないざとなったら加勢するつもりだった」

でも、結果的に誰もアラミスに加勢してない

そして、俺は気付いた

「二人共、武器は持ってなかった筈だよね?」

その疑問が思わず口から出た。

「武器なんて相手のを奪い取ればいいんだよ」

アラミスは当たり前のような顔して言う。

そんな簡単に言うなよ

「俺なら素手で倒せるな」

ポルトスが指の関節を鳴らしながら言う。

いや、貴方はそうだろうよ

なんて、相手は三銃士だ。

その一人に対して、こんな台詞は絶対に言えない。

しかしアラミスには度肝を抜かれた。

これほどに卓越した剣技俺なんか足元にも及ばない。

アトス様が締め括るように

「まあ、ちゃんと生きて捕らえたのだから、結果としては良しだ」

「そんな闇雲に殺さないよ」

アラミスはしれっと言うアラミスに、ポルトスが

「お前、昨年の時と同じ事言ってるな」

昨年の時?

「あんな筋肉むき出しの海賊達相手に短時間で結果を出したし、死傷者は最低限なのに、

休暇無しで次の任務に行かされなんだって、こんなに仕事に追われなきゃならないんだ」

アラミスが思い出したかのように、眉を顰めなる。

少年が、まあまあとアラミスを宥めながら

「でも、あれはパリに戻る最中、途中の村で酒盛りやったの隊長にバレたからでさ

「あれはただの慰労だろでも、なんでバレた?」

会話に加わったポルトスに、少年が困惑した表情で

「いや酒場であんなに盛り上がればバレるって

「盛り上がって壊した椅子二脚と、皿八枚の請求が銃士隊に来たからだろ」

指折り数えながらのアラミスに

「使い物にならなくなったタンブラー三個と、壁から落ちた絵の額縁の破損も請求あったみたいだぞ」

アトス様が追加する。

「あの絵は勝手に落ちたんだろ?」

「いやあれはポルトスが勢いよく壁に凭れた振動で落ちたと

「あんなんで落ちるくらいなら、絵なんか飾るなよなぁ」

「あの絵だって、大した価値ないだろ」

この人達ってけっこう自由?

「それに昨年のって

アトス様が指揮を執り、僅か十名程で海賊達を鎮圧した、あの武勇伝?

「あああれは、俺ではなく、実際に功績を上げたのはアラミス、ポルトス、ダルタニャンだ」

俺は、この中で一番若い少年がダルタニャンという名だという事を初めて知った。

それにしてもアトス様の参謀あっての、短期間決着だ。

その十名程度の人数のうちの四人が、今、俺の目の前にいる

俺はごくりと生唾を飲んだ。

特にアラミス

俺は当初から、とんでもない人に絡んでたのか

アラミスの実力を目の当たりにした今、冷汗が背中を流れる。

「とりあえず、こいつ等、朝まで拘束しておこうぜ」

「万が一逃げられたら困るので、地下室に朝まで入れとけ」

アトス様の指示でポルトスが、不審者達を地下に連れて行く。

ダルタニャンも手伝う。

「じゃあ、あとよろしく」

アラミスはさっさと舘の中に入って行った。

俺も何か手伝わないと

そう思った矢先に背後から声が掛かった。

アトス様だ。

アトス様の一言は緊張感のある雰囲気を醸し出す。

俺は、その雰囲気にあっさり飲まれて姿勢を正す。

やっぱり流石だ空気の掌握がうまい。

「お前をこの館に留めてしまったせいで、巻き込ませてしまって悪かった

「いえそんなことは

俺の方こそ、何の役にも立てず

こんなんで銃士になりたいだなんて言った自分が恥ずかしい。

気持ちと実力が釣り合わないなんて、未熟もいいところだ。

「三銃士の活躍をこの目で見れて光栄です」

アトス様は目を細め

「三銃士だなんて誰がそう呼ぶようになったんだろうな

確かにそうだ

でも、その呼称は誇れるものだ。

「でも実力が伴っていることが前提で選ばれたのでは?」

「外見からの先入観や思い込みで、程度が知れると判断され、アラミスは銃士としてかなり苦労した

確かに俺がそうだった。

この目で見るまで信じ難かった。

アラミスの実力は、アラミスの能力を見た人間にしか評価ができない。

俺は器の小さい男だ。

ちょっと気落ちしたのは事実。

「まあ、あいつも我が強すぎて皆を困惑させる部分もあるがな」

そう言って笑って、アトス様は俺の肩をポンポンと軽く叩いた。

「また、何かの時には力を貸してくれ」

俺を非難や拒絶するワケでもなく、いつも通りあたたかい

その言葉が心に沁みる。

そうだ俺の器が小さくたって、アトス様への憧れが、それで途絶えるワケではない。

「どれだけお力になれるかわかりませんが、その時が来たら、精一杯務めさせていただきます」

アトス様に拾われた命を、今回はアラミスに再び拾ってもらった。

この事実をきちんと受け止め、俺自身の実力も認め今はもう全てに納得済みだ。

俺は深々と頭を下げた。

「お前がそう言ってくれると助かる」

目を細めて口角を上げる。

「さて人数が揃った。これから飲み直しだ。お前も付き合え」

 

 

そして夜はこれからだった。

付き合うなんて、そんな可愛いもんじゃない。

彼らの飲みっぷりは半端ない。

でも、いろんな事実を知った。

この館の使用人達は、アトス様の滞在目的を熟知しており、危険を回避するため

夜間帯は別の場所に移動していると

つまり、普段の夜はアトス様しか館に滞在していない状況だったと

ポルトスとダルタニャンの他に数名の銃士が近隣の宿に滞在し、交代制で

この館の周辺の夜の見張りを行っていたらしい

なので、明日の朝には同僚達を呼び寄せ、捕らえた奴等をパリまで護送すると

そして、一番の衝撃だったのが、四銃士と呼ばれるに至る、勇敢な追加メンバーは

この俺よりも遥かに若いダルタニャンという少年だという

正直、認めたくはないが、他の三人の彼に対する態度を見ていたら

そうなのかと見ていて心が和むのだ。

この少年の武勇伝を酒の肴に、多少の揶揄は笑いに変わり

皆、大変な酒豪ででも、一番最初に酔い潰れたのはダルタニャンで

そんな俺は、ほんの少しだけ、ダルタニャンに優越感を覚えながら彼の次に酔い潰れた。

他の三人はいつまで吞んでいたのか

三銃士恐るべし

 

 

        ※※※※※※※※※※

 

 

昨日の騒動が嘘のように晴れ渡った青空の元、俺は、この館を出発する。

アトス様は事後処理に忙しく、他の銃士達も捕えた奴らをパリに連行する手筈があるだろうし

見送りを断ったのだが、なんと見送りにアラミスが出てきた。

あんなに遅くまで呑み明かしていたのに、何でこんなに爽やかなんだろう

こいつやはり末恐ろしい

などと俺が思ってるなんて口が裂けても言えないが、

アラミスの口調は初対面の時よりも柔らかで優しい。

「道中、気を付けて

「ありがとうございます」

アラミスは言葉を選ぶように

「君が銃士になりたがってたのはアトスに訊いた憧れていた三銃士の一人がボクみたいなので、

ごめんね」

何を言い出すのかと思えば、謝罪だった。

いや、待ってくれ。

それは俺が言わなければならない言葉だった筈だ。

彼にひどく失礼なことを声を出さずとも思っていた。

何も知らない俺のような男が、容姿や年下だとか、そんな些細なことしか見ずに彼を見ていた。

「アラミス

俺は彼を真っ直ぐに見据え

「剣技が未熟で俺みたいな男が、こんなこと言うのもなんだけど応援してる」

アトス様があんなに仲間を信頼してる姿を初めて見た。

あの三人いや四人が揃えば、この殺伐とした世界も捨てたもんじゃないって

思えるような気がするんだ。

「君達は本当に凄いよ」

俺なんか足元に及ばないそう、身をもって実感したんだ。

「あっ、そうだ

俺は不意に思い出した。

あの不思議な光景

庭のベンチ椅子のアトス様とアラミスのあの二人の心地よい笑い声。

アラミスの膝枕の情緒を楽しんでいたような、あの光景は

ボクが、あの光景をどう訊いたらいいのか言葉を探していると

アラミスが人差し指を唇に当てて「しーっ」とジェスチャーをする。

その表情が余りにも綺麗で思わず息を飲んだ。

そして、それ以上問い掛けるのことをしようとは思わなくなった。

アラミスって不思議な人だなそう思う。

物凄く強くて華やかで、きっと誰もが振り返る程の眩しさがあるのに

その事を自慢したり、得意気になったりしないというか、そういう自覚が無いのだろう。

アトス様に必要とされる実力があって、でも飾らずに自然体で

銃士としても魅力を十分に持った人。

悔しいけど、四銃士としてアトス様と並んでを歩くことができる選ばれた人。

俺自身、アラミスに嫉妬してしまうのに、彼の言動は、そんな俺の嫌らしい感情をも払い除けてくれる

不思議な人なのだ

きっと、俺が一生掛かっても敵わない相手。

だから激しく妬ましい反面、こうして他愛も無い話をしているうちに、

自然と心が穏やかになっていくのだろうか

 

 

「ああ良かった。まだ出発してなかった」

ダルタニャンとポルトスが出て来た。

その後ろにアトス様

そんなご多忙の中、わざわざ出て来てくれるなんて申し訳ない。

しかし改めて四人が揃うと、なんて圧倒的な雰囲気を醸し出すのだろうと思う。

皆の肩書は銃士隊員で呼称は四銃士なんだろうけど、それだけじゃないのだと

これまで生きて来た四人の人生があって、今の四人が在る。

人の生き様は、そのままその人を形作る。

彼等が魅力的だという事は、銃士だからとかではなく、だからと言って銃士という存在を

否定すべき事では無く、彼等が、今の彼等で在るのは

そうなる為には、そうなるべくして生きて来たからなのだ。

それが彼等にとっては銃士だったというだけなのかもしれない。

四人共、賢くて逞しいから、互い同士、甘える術を充分に心得ている。

それは信頼だ。

心を許して甘えられる関係だから、成立つ方程式なのだ。

銃士として、それが良い事か悪い事かは解からないけれど、

そんな彼等が死ぬ程カッコイイと思う。

ああ、でもやはり、アトス様が一番の憧れの人だ。

これだけは譲れない。

深々と頭を下げ歩き出す。

振り返ると、ダルタニャンが手を振っていた。

朝日が眩しい。

反射するアラミスの髪がきらきらと輝いた。

この四人にまた会える日を楽しみに俺は俺の戻る場所に帰ろう。

 

 

FIN


再録です…

再録なんです…

2年程前に発行されたアニメ三銃士の同人誌に提供させて頂いたものです。

しかも、指定された頁を大幅に逸脱してしまい(汗)

少し文章を減らしたのですが、今回UPしたのは、そのまま訂正なしのものです。

内容的には何も変わってません(苦笑)

ですが、いくら2年前とはいえ、自分の過去作品を改めて見ると

こんなにも恥ずかしい…

ですが、当時の自分はものすごく楽しかったのを覚えてます。

いつまで経っても褪せない想いを抱いている方々が集まって創り上げた

同人誌に少しでも携わることが出いて、本当に幸せだったなぁ…と

2024年になっても思うのです。