最愛

 内乱制圧の為に駆り出された現場は、思った以上に激しく、相手側が放った銃弾が

アトスの頭部を紙一重で掠めて皮膚を抉って行った。

咄嗟に私を庇ったのだ

血が飛び散る。

吹き飛ばされたように倒れるアトス

その額を流れる赤い血

内乱などの戦地は初めてじゃないのに

仲間が負傷するのは何度も目にしてきていた筈なのに

今、改めて蘇る色鮮やかに赤色が着色された記憶

流れ出していく赤い暗い血の色

過去のあの光景が脳裏に浮かぶ

呆然と立ち尽くす私とは真逆に、まわりに居た仲間達は迅速にアトスを安全な場所に移した。

我に返ったかのように、私も慌てて後を追う。

アトスの意識ははっきりしてる

今回は救護も兼務することになった私は応急処置をする為に傷をハンカチで押さえるが

けれど、そのまま動けないでいる自分に気付かなかった。

「アラミス

アトスは私に何度か声掛けしていたようで、私はようやく反応した。

「どうした?お前も怪我したか?」

怪我

何気に手の甲を見やると血が滲んでいた。

気付かなかった

「大丈夫か?俺の方は自分でやるぞ

「いや自分の方は掠り傷だから大丈夫

大丈夫なんだけど

確かに掠り傷だけど

とても痛く感じる

でも痛むのは別の場所。

胸の奥の奥の方がぞわりとする。

アトスの頭部に応急処置に当てたハンカチを外すと、そこには赤黒い傷。

圧迫から解放されたそこからは見る間に血がせり上がってくる。

背筋に鳥肌が立つ

いつもなら淡々と処置できるのに

まずは平静を保つ。

ただでさえ、既にアトスは多くの血を流している。

これ以上、消耗させる訳にはいかないのだ。

「ごめん手早く、やるから

「頼む

アトスが目を伏せる。

私は携帯していたアルコールを手に取ると傷に容赦なくかけた。

アトスの眉間と口元が少しだけ歪むが見ない振りで、手早く消毒を済ませると

清潔な布地を当て包帯で強めに巻いていく。

素人の私に出来るといったらこの程度のものだ。

他にも負傷箇所があるのかもしれない

「軍医のところに行った方がいい

「痺れも吐き気も頭痛も無い大丈夫だ

「でも

無理矢理に軍医に連れて行くとは言えなかった

頭部は出血しやすいから、重症のように見えるがアトスの様子を見ると

確かに大丈夫そうで

でもちょっとでも銃弾がズレていたら額を貫通していたかもしれない

しかも私を庇ってくれて負った傷だ

その日は戦闘が落ち着いたので陣営に戻ったけれど

そのまま天幕で眠っているアトスの様子は確かに安定しているようだけど

静かに寝息を立てているアトスの顔を見ても、昼間見たあの光景が上書きされないでいる

ごめんアトス

いつだってアトスは私を心配してくれている。

もう銃士としては新人じゃなくなったのに

周りからも認められる程になったのに

なのにアトスは私を護ってくれる。

傍に居てくれる

いつの間にか、傍に居ることが当たり前になっていた

それが戦地では、どれだけ危険な事なのかも分かっていた筈なのに

アトスの優しさに甘えていた

その甘えがアトスの頭部こんな傷を残してしまった

私なんてただの掠り傷だ

心が痛む。

護られてばかりで

こんな私は彼の傷を痛む権利もない

泣きたくないのに、涙が零れた。

いつか死んでしまうのかもしれない

私のせいで

どうすればアトスを護れるのだろう

どうすれば大切な人を生かせるのだろう

どうか、死なないで

私が生きる世界からいなくならないで

 

 

内乱は鎮圧し、私達はパリに戻った。

アトスの傷は出血の割に軽症で傷が塞がったら、またいつものように

銃士として邁進している

けれど

その日から、私の見る夢は一変した。

フランソワが血塗れになって息絶える夢

何度も何度も見たその夢は、いつの間にかアトスが血塗れになって息絶える夢にすり替わった。

夢だ

ただの夢

しかも、そんな夢はたまにしか見ない

アトスはいつも通り

 

 

        ※※※※※※※※

 

 

パリに戻っての平穏な日々

夜を一緒に過ごすことも多くなった。

ベッドの中で私を抱き締める彼の身体には数え切れないたくさんの傷がある。

古いもの、新しいもの

大きなもの、小さなもの

腕に足に体に背中に

彼が歩んで来た生を刻みこんでいるかのように

知ってる傷

知らない傷

そのどれもがアトスが生きて来たという証。

幾度傷ついても

幾度その血を流しても

それでも立ち上がって来たという証。

だからアトスは笑う。

「これくらい、どうって事ない

と。

それでも私は、それらの傷を見る度に苦しくなっていた

次は?

その次は?

いつか立ち上がる事が出来なかったら?

死んでしまったら

 

 

私の隣にいるアトスの眠りが深いのか、腕に触れても反応は無い。

そっとアトスの髪をかき上げてみる。

そこには、あの時の傷跡

相変わらずの毎日は、アトスは私の隣に居るし

その立ち位置は揺らぐことのない。

息をするように隣にいるのが普通で

いつだって手を伸ばせば応えてくれる距離まで近くなって

気付けば愛していて

とてもとても愛していて

女の幸せは、あのフランソワを喪った日に、涙と共に捨てたと思っていたのに

それは捨てられても忘れられても静かにそっと私の傍らにずっとあった。

だからこそ、怖くなるのだ。

もうどうやったって離れられないのに

もう逃げ場所なんて無いのに

もしもその時が来てしまったとしたら

傷付くアトスを見ても

崩れ落ちたまま、立ち上がらないアトスを見ても

自分は壊れないでいられるのだろうかと。

指先で傷跡をなぞる。

傷で少し盛り上がった皮膚は、触れた私の指先に痛みを宿した。

胸の奥の奥がずきりと響く。

ああ自分の傷はここにあったのか。

胸の深い深い奥の奥に

だから、こんなにもアトスを喪うことが怖いのだ

壊れるのが怖いんじゃなくて、自分が傷付くのが怖いのだ。

ああなんて身勝手なんだろう

震える指を思わず引っ込めたが、その瞬間、腕ごとアトスに掴まれる。

「どうした?」

「ごめん起こした?」

思わず、びくりとしてアトスを見ると目が合った。

「こんなに頭を撫でくり回されれば、普通は起きると思うが

まあそうだよね

「そんなに気になるか?」

アトスは、すっと伸びた指で頭の傷を示す。

「別に

それ以上、どう誤魔化していいか分からず

「顔洗って来る

掴まれたままだった腕をそっと振りほどいてベッドから抜け出した。

 

 

        ※※※※※※※※

 

 

足音が遠ざかったのを見計らって、俺は苦笑を零した。

「誤魔化すのはヘタクソだな

アラミスが、その場を取り繕っても、青い顔と震えた指先は見え見えで

俺が目を覚ます程にその気配は揺らいでいた。

その震えた指先

だが、その意味を問うのを躊躇わせた。

自分の頭に手をやる。

そこには既に綺麗に塞がった傷跡。

出血は多かったが、痛みも後遺症も無い。

幸いにも傷は髪で隠れて俺自身すらその存在を忘れている事がほとんどだ。

彼女は何を考えていたのだろう

俺は身体を起こしてシャツを羽織ると、苦笑と溜息をひとつ零して、足早に寝室を出る。

 

 

彼女は長椅子で膝を抱えていた。

「まだ寝てていいのに起こしてごめん

「流石に呑気に寝てられないな

「なんで?」

「お前が泣きそうな顔してたから

「気のせいだよ

お前の事なのに見間違えるワケないだろ

俺はアラミスが膝を抱えて座る長椅子の前に立ち、屈んで自分の髪を掻き上げて見せる。

「アトス?」

「お前が泣きそうな理由はこれだろ?」

「ほらちゃんと触ってみろ

「や

「もう治っているから

アラミスが一粒の涙を零した。

「でも死んでしまってもおかしくない状況だった

ああそうか

それであんな

俺はアラミスの手を取って、その抗う手を無理矢理自分の傷に触れさせた。

その手は可哀想な程に震えていて

少しだけ皮膚感覚の鈍った傷跡ですらひやりとする程に冷たい。

「ほら大丈夫だろ

あれからずいぶんと経った

「怪我は治るんだちゃんと

生きていれば怪我は治る。

目に見える怪我は時間が掛かっても、どんな傷跡を残しても必ず癒える。

目に見える怪我は

「でもな

俺はアラミスを抱き寄せる。

「お前のはそうじゃない

その震える胸に顔を寄せ、

「ここの怪我は

抱き寄せられるままのアラミスの身体がびくりと震えて、大きな青い瞳が見開く。

端途に溢れて零れる一粒一粒が大きな雫。

「ちがうそんなこと

「そんなこと、あるさ

彼女の心の奥の奥の傷は癒えてない。

そんな時に俺が負傷した

派手に頭から血が流れた

そんな鮮やかな光景が、彼女の癒えていない傷に、武器を変えて再び胸の奥を抉ったのだ

深く暗く無慈悲に

そしてその剣先を受けた傷からは見えない黒い血がだくだくと流れる

流れ続ける

癒やされる事を望まないまま

「ごめんな気付いてやれなくて

静かに涙を零し続けるその頬を優しく包む。

頑なにこちらを見ないアラミスの顔を自分に向かせて、しっかりと一言一言、

まるで子供に言い聞かせるように静かな声で語りかける。

「アラミス

ここは明らかな分岐点だ。

表情

仕草

視線

言葉

何一つ間違えるな

彼女は自分の傷の深さに気付いてない。

それどころか寛解したと思っていたのに、この俺の傷のせいで更に深く抉られたのだ

癒えることはないのかもしれない

でもこのままでいい筈もない

俺は彼女の目をしっかりと見据え口角を上げた。

「俺の怪我はお前のせいじゃない

「アトス

「これまでもこれからもお前のせいなんて事ある訳がない

流れる涙を親指でそっと拭ってやる。

次から次へと溢れる涙に俺の手が濡れていく

まるで血のようだ

見開いた瞳は、まるでその心にぱっくりと開いた傷口のようで

そこから流れる涙はアラミスが流し続けていた血だ。

さらさらと透明なその血は、止める術すらわからないまま、その心は溢れていく

溺れるのが先か、枯れるのが先か

そのままでいい筈がない

このままでは辿り着く先は

だからもう一度言い聞かせる。

「俺の怪我は、お前のせいじゃない

「でも

その顔を胸に押し付けるように彼女を抱き締める腕に力を込めた。

「聴こえるか?」

「アトス?」

「俺の鼓動が聴こえるか?」

アラミスが息を呑む。

「俺は生きている

ずっと血を流してきて生きてきたのだろう

心で涙で

アラミスはゆっくりと腕を伸ばし、そっと傷を指差す。

「痛くないの?」

「お前の方がずっと痛そうな顔してる

「そんなことは

口籠る。

なあアラミス

可笑しな話だと思うかもしれないが、俺がお前を護り切れなくても

例え自分が戦いに敗れ、倒れたとしても

ちゃんとお前は護られる

フランソワ殿に

お前があんなに愛した男が

お前をあんなに愛した男が

お前の危機を見逃す筈は無い

そう思っていた

でもそこで俺が敗れ、死ぬのならば

お前にとっては、ただ癒えない傷が増えていくだけなんだな

だから俺はこの唯一の大切なものを手放す事なんて出来ないし

お前も同じ気持ちなんだろうな

自惚れでも何でもなく、きっとそうなんだろう

アラミスの指先が俺の頬に滑り落ちる

俺は、その手を包むように上から握り締めた。

「アトスは死なない?」

「それは善処する

「私を残して死なない?」

俺が言葉を発する前に、アラミスは俺を強く抱き締める。

屈んだままの俺の頭部は彼女の胸に強く押し付けられて、その温もりに俺はゆっくりと目を閉じた。

心臓の音が規則正しいリズムで俺を満たしていく。

いつだってこの存在だけが、俺を包む。

俺の過去も汚れた手も

包んで満たして浄化する。

「死ぬ時は一緒がいいな

お前はそれでいいのか

俺がフランソワ殿に殺されそうだな

 

 

そんなやり取りがあったのは

まだダルタニャンと出逢う前の事

あれから何度か戦場に赴く事はあったが、アラミスは以前のように動揺することはなくなった。

俺やポルトスだって、多少の怪我はしたし血も流したが、アラミスは冷静に対応する。

自身の怪我でさえ

強くなったのか

俺が先に死なないと信じてるのか

きっとそのどれでもないのだろう

彼女がたまに涙を零していることを知っているから

だが俺は気付かないフリをする

何も気付いてないとただ、彼女を抱き締める

今を抱き締める

 

 

        ※※※※※※※※

 

 

仕事で銃士6名でブルターニュ地方のロリアンに入って数日

フランス海軍の基地があるこの街に派遣されたが、仕事は順調で予定通り進んでいる。

メンバーは俺とアラミスと後輩4人だ。

任務中の滞在は宿だが、当てられた部屋数は4つ。

先輩銃士という特権を使い、俺とアラミスは個室。

あとは二人同室で使ってもらっている。

2人部屋なんてまだマシだ。

ひどい時にはベッドが2台しかない部屋に8人程放り込まれる時がある。

今回はいい方だ。

2人部屋に8人か

あの時は2台のベッドを同僚に譲り、アラミスの寝場所を角にした。

自然とそうなるように追いやり、その隣に俺、彼女の足先の方にポルトスが陣取り

彼女の安眠を確保したつもりだったが、ポルトスの鼾が煩かったな

きっとポルトスも何かしら感じるものがあったのだろう

あいつは何も言わずに、ただ笑いながら自然にアラミスと会話しそして盾になってた。

俺だけならとても護り切れなかった

そんなあいつも退役し、今は父親になっているのだから、時が経つのは早いと思う

そんな想いに馳せているたが、少し開いた窓から流れて来た潮風に、ふっと我に返る。

パリと違って、この街は気温が低い。

海風のせいもあるが雨も多い。

11月に入り、雪すらまだ降らないものの、昼間降った雨のせいで、気温が下がった。

早く終えてパリに戻りたいところだ。

もう一杯飲んでから就寝するかな

そう思った矢先、扉のノック音がした。

「アトス起きてる?」

アラミスの声だ。

俺は条件反射のように立ち上がり、扉を開けた。

誰かに見られるとやっかいなので、彼女の手首を掴み素早く部屋に引き入れた。

「ここで寝ていい?」

一応、問い掛けてはいるが、彼女の中ではもう自分の部屋に戻るつもりは無さそうだ。

問題なのは、そんな彼女がどこか気恥ずかしそうな顔をするワケでもなく

まるで当直の際の長椅子で仮眠でも取るかのような感じなのはどうかと思うが

「どうせ自分の部屋に戻るつもりはないんだろ?」

「ふふ

と、楽しそうに笑って、アラミスはベッドに潜り込んだ。

俺は5本の燭台の蝋燭を2本消した。

ほんの少し暗くなり、蝋燭の炎の色がぼんやりと部屋を包んだ。

部屋の灯りが優しい色になる。

出逢って何年経つだろう

愛を確かめ合って何年経つだろう

一緒にいる時間が増えて

一緒に眠る時間が増えて

ただそれだけなのに、アラミスは幸せだと顔を緩ませる。

眠れない夜は、俺の顔が見たくなるから突撃訪問したくなると笑う。

楽しそうにそう言うが、彼女には眠れない夜があるのだと

その理由を考えてしまう。

俺は、一緒にベッドには入らず、ベッドに腰掛けアラミスを見下ろした。

だが、こうやってたまに部屋を訪ねてきては、ここで寝ると言い出すのだから、内心は穏やかじゃない。

アラミスのこの行動を、同じ宿に泊まっている後輩に目撃でもされたらと思うと気が気じゃない。

なら最初から3室借りて、2名づつの同室にすればよかった。

勿論、俺の同室はアラミスで

今更だな

「アトスは寝ないの?」

「もう一杯飲んでからにする

「ふーん

ちょっと不服そうな顔のアラミスの髪を撫でる。

「子供じゃないんだけど

そう言いながらも小さく笑うから、その髪にキスを落とした。

「おやすみ

目を細めて微笑んだアラミスが目を閉じる。

彼女が眠りに落ちるまで、そう時間は掛からない。

彼女が新人銃士だった頃に纏っていた刹那的な雰囲気はない。

もうすっかりベテラン銃士で、誰よりも強くなったと俺が一番よく知っている。

静かに寝息を立てているのは、いつだって俺を振り回し続ける女だ。

もう少し、この寝顔を見ていようか

彼女の規則正しい寝息が安堵感をもたらす。

酒を飲みながら、夜の余韻に浸っていたが、そろそろ寝るかと思った頃には

アラミスの体温でベッドはすっかり暖まっていた。

ぐっすり眠るアラミスの身体を包むように抱き締めて、ベッドに身体を沈めた。

抱き締めた彼女の肩越しに、月光が差し込む窓を見てから、目を閉じる。

 

 

        ※※※※※※※※

 

 

怖い夢を見た。

泣きながら目を覚ますなんて、何年ぶりだろう

その滅多にないことが今日で、しかもよりによって、アトスの腕の中で眠っていたのだ。

正直、バツが悪い。

泣いてることに気付いのは、熱く自分を見詰めるアトスの顔が滲んで見えたからだ。

「どうした?」

こんな時のアトスは優しい。

他のどんな時よりも、私が泣いてる時が、一番優しい。

きっと女に泣かれるのは苦手なんだと思うけど

私だけには優しい声と優しい手を差し伸べてくれると思うのは自惚れだろうか

そんなことを思っていたら、また涙が溢れた。

夢を見た。

アトスが死んでしまう夢。

私を残して、独りで逝ってしまう夢

またなの?

貴方も私を置いて逝くの?

冷たい雨が降る中を、アトスを探して彷徨い続け

泣いて目が覚めた。

「ちょっと夢見ただけ

「どんな夢?」

私は軽く息を吐いて

「難産だったけど無事に出産した馬の夢

「馬?」

「そう昔の愛馬の出産と被った

咄嗟にずいぶんと苦しい嘘を吐く

しかも、かなり苦しい作り話だ

「感動の涙?」

「そう

信じたの?

まさかね

「年齢と共に涙脆くなった?」

「かもね

「その愛馬に妬きそうだな

そう苦笑しながら、包むように私を抱き締めた。

 

 

        ※※※※※※※※

 

 

ただの夢だからと言うが、その手は俺のシャツを強く掴んでいた。

手の骨の白さが浮き出る程、強く掴んで震えていた。

夢か

嫌な夢をたまに、見ることがある。

ある時は、血生臭い戦場の夢。

またある時は、俺を嘲笑う過去の女の夢。

そしてアラミスを喪う夢。

最後の夢が一番堪える。

そんな夢を見た日は、アラミスが常に視界に入っていないと、気が気じゃなくなる程だ。

臆病になったものだ

臆病で嫉妬深くてどうしようもないなと、自嘲する。

それでも

アラミスが俺に寄り掛かり、掴んでくるこの手があれば俺は生きて行くことができる。

この手さえあれば

シャツを強く掴んでくる細い手を、俺が上から包み込むと、彼女の力が緩む。

掌を開かせて、自分の手を握らせてから、反対の腕で強く抱き寄せた。

胸に顔を押し付けるアラミスが小さく息を吐く。

その僅かな呼吸の音を聴いて、艶やかな金髪に唇を押し当てた。

寝起きで泣いた彼女の体温は子供みたいに温かく

その温もりには俺にとって有り難くもあり思わず口角が上がる。

「お前は本当に

可愛いな

と、言い掛けて口を噤む。

そのまま言葉を続けてしまうとタガが外れてしまいそうで

此処は任務地で、パリでも自宅でもない。

この体温は起床時間の限られた時間までなのだ。

その辺はわきまえないとならないのが今の立場の辛いとことだ

まあ、任務地の滞在先で俺の部屋に堂々と乱入し、ベッドに潜り込む彼女もどうかとは思うがな

俺が言い掛けた言葉の続きが気になったのか顔を上げて見上げてくるアラミスの表情が

あどけなく見えた。

「まだ夜が明けたばかりだあと1時間は寝れるぞ

誤魔化すかのように、もう一度アラミスを抱き締めると、返事の代わりに彼女が足を絡ませてきた。

すぐに彼女の規則正しい寝息が聴こえる。

銃士として生き、こんなにも強くなった筈なのに、俺の腕の中で時折震える長い睫毛が、

彼女をとても儚く感じさせる

俺はどこにもいかない

 

 

二人で眠っていると、夜中に強く抱き締められて目が覚める事がある。

目が覚めるが、起きてしまったことを気付かれないように薄目で彼女を見やると

アラミスは俺にしがみ付きながら、どこか思い詰めた風で

切なげで

そうだ

夢を見たと

さっきのように、そう呟いた時と同じ目をしていた。

アラミスの今までは喪ってばかりだった

諦めたことも多々あったろう

理不尽な世の中なのは承知

俺だってそうだったけれど

それでもアラミスの方が喪ったものや諦めたことの方が、ずっと多いのだろう

彼女が生きてきたのはそんな世界。

それを覆すために銃士になった彼女は、普段はそんな事、おくびにも出さないけれど、

一緒の部屋で眠る日が増えるようになって、彼女が魘される夜が

決して少なくない事を知った。

そして、ごくたまにだけれど夢の中の彼女は、哀し気に俺の名前を呼ぶのだ。

どんな夢かなんて想像が付く。

でも、アラミスは夢に魘されている自分を俺に知られるのを嫌がるだろうから

寝た振りをする。

抱き締めたい気持ちを懸命に耐える。

俺は此処に居る

お前を独りになんてしない

俺達はちゃんと生きている

全てを受け止めて

受け入れて

共に生きている

どこまでも

いつまでも

大丈夫

いつものように二人で一緒に息を切らして

走って駆け抜けて

例え何者が行く手を阻んでも

脇目も振らず、ただひたすらに走って走って

その手を掴んで、離れないようしっかりぎゅっと強く握りしめて

生きていこう

「俺はずっとお前の傍にいる

そう呟く

たとえ彼女が眠っていても、その夢に届けばそれでいい

そうやって、抱き合って眠り

彼女が見る夢が優しいものであるように祈るのだ。

 

 

FIN


初々しさは全くないけど

なんだか熟年夫婦みたいだけど、

甘い甘い、ひたすら甘いアトアラです(笑)

アトスってこんなんだったかなぁ…と、自分でもよく分からなくなるくらいです(笑)

でもアトスにとってアラミスという存在は、今回のタイトルなんだと思うのです。

そうであって欲しい私の願望でもありますが…

最愛…

再逢…

再愛…

「さいあい」って漢字を変えると、いろんな意味合いに変化しますよね。

そのどれもが意味深で、いつかタイトルに使ってみたかったのです…

実はもう以前に使ってて、今回は2つ目ですが(苦笑)