痕(前編)

どんな時も気を抜いてはいけない。

誰にも気を許してはいけない。

そんな世界に私は生きていた。

仲間達と結束力は強い感じだ。

だが、同僚とはいえ荒くれ共達とは適度の距離を保つ

気を抜けない。

気を抜いたらそれは破滅だ。

だから私は、ただひたすらに強くなりたいと願いながら生きている。

けど今はそれどころじゃない。

ここは戦場で今は窮地ってところだ。

しかも新人銃士で、初めての戦争だ。

私は今、敵から逃れることだけを考えなくてはならない。

呼吸を深く吸い込んだ。

新人の私にとって、今の状況は非常にまずい。

しかも同胞軍とはぐれてしまった。

なんとか逃げたが、敵の追っ手が多すぎる。

しかも腕と足に軽症だが傷を負ってしまった。

すぐにでも手当てしたいが、まだ敵の気配があるような気がする

今、動くのは賢明ではないと判断し、ただ身を潜めていた。

はぁ

もう無理かも

そもそも、パリで性別を偽り、自分を偽り、ただ目的の為に生きてきた。

いつも傷だらけで常に気を張って夜だって安心して寝たことなどない。

このような世界に飛び込んだのは自分だ。

やっと、多少なりとも銃士として自信が持てるようになってきたのに、この状況

生きて戻れる気がしない

 

 

人の気配がする。

心の中で舌打ちをした。

これは覚悟を決めるしかなさそうだ

私はハンカチを裂き、負傷した腕と足をきつく縛った。

飛び出そうとした時、交戦の音がした。

仲間が来たのだろうかこれは好機。

応戦して敵を倒せればと、私は勢いよく飛び出した。

おかしい誰も居ない。

なら、この場を離れないと

負傷した足で可能な限り歯を食いしばって、走る速度を上げた。

それは一瞬だった。

どこからか出てきた敵が3人、私を追う。

逃げなければ

地面を蹴って、とにかく走った。

でも敵は二手に分かれて先回りし、一人の男が私の前に立ちはだかった思った瞬間、剣を縦に振った。

私は寸でのところで躱したが、その剣先が私の襟元から胸元までの衣服を縦に切り裂いた。

裂けた衣服の胸元を咄嗟に片腕で隠したけど

一瞬だったので気付かれなかったと思うけど

今のこの状況じゃあ、片腕しか使えない

これは非常にまずい

「女?」

敵兵の声に背筋が凍る。

「ボロボロだが、なかなかにイイ女だな

「なんで戦場に女がいるんだ?」

「そんなこと、どうでもいいって」

私に向ける眼差しは、明らかに剥き出しの欲望だ

この世界に入ってから、今まで危ない目に沢山あってきた

死ぬ覚悟だってあったが、悔しさや目的を糧にして生きてきた

けど今のこの状況

それは未知の恐怖だった。

手が震える

私はこの男達に凌辱されてしまうのだろうか

冗談じゃない

私は咄嗟に男に剣を向けたが、相手の剣の動きの方が早く

私の剣がいとも簡単に弾き飛ばされた。

「残念だったなぁ

男の一人がニヤつきながら言った。

無駄な抵抗と思いつつも、私は掴んだ砂利を投げつけた。

だが、そんな抵抗空しく、私は両腕を二人の男に拘束された。

「いい加減諦めろよ」

そしてもう一人の男が私の目の前に立ち、裂けた衣服の中に手を突っ込んできた。

「やっぱり女だ」

下卑た表情を浮かべる。

こんな屈辱

こんな男達に

こんな目に合うのなら、いっそ殺してくれないかなとさえ思う。

私は覚悟した。

もう抵抗できるだけの体力も気力も残っていない

 

 

それは一瞬だった。

目の前の男達が次々と倒れた。

男達の拘束から解かれ、私は地面に崩れ落ちる。

「生きてるか?」

抱き起こされるが、切られた衣服を思い出し、咄嗟に抵抗する。

「アラミス、俺だ

アトス

アトスは自分の上衣を私に掛けてくれたが、いくら同僚でも私を抱き起こしているのが

男というこの状況にパニックになっていた。

アトスは私の両肩を掴み、真っ直ぐに見据え

「アラミス、落ち着け!」

そうだ

アトスだ

私に危害を絶対に加えない

だから

大丈夫

それでもついさっきまで襲われる寸前だっという恐怖が私を支配する。

「急いでここを離れるぞ」

離れる

私はアトスに助けられた

なのに、手は震えるし、声も思うように発せない。

いろいろもう限界だったのだが、何とか意識を持っていかれないようににするのが精一杯だった。

味方の陣営に何とか戻れたが、私は真っ先に着替えると、そのまま負傷者用の天幕に入り

隅の方で倒れ込んでしまった。

手足の手当てはアトスがしてくれたらしい。

らしいとはその辺の記憶が余りないのだ。

ただ負傷者に紛れて昏々と眠った。

 

 

目を覚ました。

時間の感覚がわからないほど眠ってしまった

負傷者用の天幕の中で、今、一番の軽症者は自分だろう

いつまでも横になっていたら申し訳ないそう思いつつも身体が酷く重かった。

「目が覚めたか

アトスが入って来た。

「気分はどうだ?」

「え大丈夫

「何か食べるか?」

身体が酷く重い

目を瞑ると、あの三人の男達が私に手を伸ばす場面が鮮やかに蘇り

今、何か口にしたら吐いてしまいそうだった。

無言で首を振る。

「アラミス

「大丈夫だからボクに構わなくていいから

いくら味方であっても弱みを見せたくはなかった。

この戦場という場では特に

「もう少し休んでろ今のままじゃ戦力にはならない

悔しいが、その通りだった。

私は、すっかり戦意を喪失していた。

勝利の兆しが見えてきたので、私は戦線を離脱した。

パリに戻る負傷者メンバーの中にアトスに強引に入れられたのだ。

悔しい

初めての戦場で、自分はもっと役に立つのかと思っていた。

それなりの自信もあった。

なのにぜんぜん無力だった。

パリに戻って湯浴みをし、所々に見える傷痕を確認した。

この程度で済んだんだ私はまだ生きている

そして再び昏々と眠った。

 

 

        ※※※※※※※※

 

 

瞼を上げ天井を眺める。

自分の部屋だ

どれだけ眠ってたんだろう

そうぼんやりと考えていると

「起きたか気分はどうだ?」

え?

何?

なんでアトスが!?

驚いて起き上がろうとする私の肩を手で抑える。

「まだ寝ていろ」

「大丈夫

「そう見えないから言ってる

いやそれよりも

「何で居るの?」

「我が軍の戦果が良くてなお前が離脱した二日後には、俺も離脱した」

いや、そうじゃなくて

「何でボクの家にアトスが居るの?」

「隊長に様子を見て来いと鍵を渡された」

隊長勝手に鍵を渡さないでよ

万が一、何かの時の為にと、家の合鍵を隊長に渡していたのだけれど

こんなことするなら渡さなきゃ良かった

いくら寝てろと言われても無理に起き上がる。

これ以上弱いところを見せたくない。

「今、お前に危害を加える者はいない安心しろ」

そうなんだけど

「ホントに?」

「お前、誰に向かって言ってるんだ」

呆れた様なアトスの声。

でも、そんな彼の声を聴くと不思議と安心した。

そう私は今の状況に安心しきっているのだ

服を切られて肌をアトスにも見られたのに

隠していた秘密がバレてしまったのに

しかも、今の今まで、助けてもらった礼さえ言ってない

だが、これはもう開き直るしかない

私はシーツを引っ張って包まった。

「銃士辞めないから

今の自分の気持ちをポツリと呟く。

あんな目に遭ったけど復讐を諦めたくはない。

「アラミスそのままでいいから聞いてくれ

アトスが言葉を紡ぐ。

「お前が女だという事は最初から知っていた

そっか

そうなんだ

不思議と衝撃はなく冷静に聞けてる。

「だからと言って甘やかしてきたつもりもないし、これからも同様だ

うん

「他の新人銃士達と扱いは同じだ」

うん

アトスはそういう人だ

「だがお前を侮辱し、尊厳を踏みにじる様な行為をする者達を許すつもりもない」

アトス

「これからもだ

その言葉に涙が零れそうになる。

「だが俺は、いつもお前の傍に居てやれることは出来ない

勿論そんなことは私も望んでない

「だからアラミス強くなれ

「アトス

強く

そうだ強くなるしかないのだ

アトスにバレてしまった今、いつかアトスを巻き込んでしまうことになってしまったら

そして、そのせいで彼の命が危ぶまれる事態になったら

そんな思いが頭をよぎる。

これが自分の弱さだ。

「アトスには感謝しかないよ

そう言って目を閉じた。

これはは本心だ。

私は復讐を、まだ続けられる

剣の基礎はフランソワに教わった。

興味本位で私が剣を持ったと彼は思ったようだったけれど、あの時の私は

本気でフランソワを剣技でフォローできるようなりたかった。

でも、そのフランソワを喪ってから復讐に生き、その為に剣を握った。

その先に何があるわけでもないのは解かっていたけれど

そうしないと生きて行けなかったから

「お前は今は新人だが、銃士としては一人前だ

「そうかな

「伸びしろがあるから育てた自信を持っていい

アトスの掌が優しく頭部に置かれる。

優しいその手からアトスの気持ちが流れてくるようだった

私はパリで初めて隊長以外の人と心の交流をした

思い出したこんなに温かいものだったのかのかと

いつの間にか、頬を涙が伝う…

なんで

「悲しくないのに

アトスは言った。

「涙は悲しくなくても出るものだ

 

 

        ※※※※※※※※

 

 

隊長の部屋でアラミスと初めて対面した時、俺は頭を抱えた。

隊長がそこまで言うのだ。

確かに素質はあるのだろう。

品位は感じられるおそらく貴族の出だ

銃士にするのか

なれるのか

危険な任務による命の危険と背中合わせ。

明日をもしれぬ世界だ

貴族の女性として普通に生きていれば、誰かが護ってくれる

こんな世界に足を踏み入れなくてもいい

あの時はそう思ったものだ

けれど、生半可な気持ちじゃないこともわかっていたので受け入れた。

銃士としては合格の域に達した。

泣きもせず、あの荒くれ共の銃士達と対等に鍛錬に挑み、本当に銃士になってしまった

何て奴だ

そう思ったさ

だが今はどうだ

まるで今まで溜め込んだ涙を出すかのように、アラミスは泣き続け

ようやく落ち着いたようだった。

彼女は大きく息を吐き、何度か瞬きをしたが、冷静を保っていた。

腕の傷に巻かれた包帯が緩んでしまっているのを見つけ、巻き直してやる。

「ありがと

小さな声で礼を言う。

「他に、怪我した足などは痛むか?」

「大丈夫

「そんな強がり言うな

現に腕の傷の包帯には血が滲んでいた。

この数日で傷が完全にくっついたワケじゃない。

「ごめん

「何に対する謝罪だ?」

「嘘吐いてて

まあ確かにアラミスは、いろいろ秘密があるようだが、嘘を吐いていたと言うのなら

それは隊長も同罪だ。

気付いた俺も、騙された体で今まできたのだから、強く非難できる立場でもない。

「怒ってはいないだが、自分の命を大切にしてくれ

そう言うのが精一杯

銃士は自分の命を懸けて王に忠誠を誓う身だ。

自分の命は二の次けれど、アラミスには生きて欲しいと

そう思ってしまうのだ。

 

 

アラミスの怪我が治り、通常の銃士の業務に復帰する。

そして、一日の大半は裏庭で鍛錬に費やしている。

少し休めと声を掛けに裏庭に足を運ぶと、数名の銃士に絡まれているアラミスの姿が見えた。

銃士の中でも粗暴な奴等だ。

特にあのガバンには隊長も手を焼いている。

そして何が気に食わないのか、アラミスに事あるごとに突っかかる

「お前昨日、こいつと勝負して勝ったんだってな

と、ガバンは横の銃士を顎で指す。

「勝負ってただの訓練だ

眉の一つも動かさずに、抑揚なく応えるアラミスの対応は、ガバン相手には逆効果だ。

「ただのまぐれだろ先輩相手に勝っていい気になるなよ」

「別に、いい気になってないし

「ああ!?」

脅しのつもりなのか、ガバンはアラミスの胸倉を掴んできた。

「離せ」

「あ? 誰に向かって口きいてんだ。俺らはお前の先輩だぞ」

ったく、嫌気がさす。

人数と腕力の差は歴然なのだから、後輩相手にそんなに威嚇する必要なんてないだろう

「ふんお前なんて、たいした実力もないくせに

アラミスを外見だけで侮り、蔑むこんな奴等は仲間内にだっているのだ。

こんなことは、きっと今まで嫌という程に味わってきたんだろうな

だがアラミスは顔色ひとつ変えない。

アラミスはガバンの手を掴み、捻り回した。

いとも簡単にガバンの腕はアラミスの胸倉から外れたので、痛がっている隙にアラミスは距離を取る。

「何しやがる!」

「離せって言ったじゃないか

「生意気な奴め」

合図を出すと、後ろに居たガバンの取り巻き達がアラミスを囲んだ。

おいおい銃士隊の敷地内で、しかも仲間内で何やってるんだ

だがアラミスの視線は、囲まれた中で一番抜けやすそうな取り巻きの銃士隊員を見定め、

そいつに飛びかかろうとしている

乱闘騒ぎ一歩寸前だ

俺は深い溜息を吐き、足を進めた。

「何してる!」

まさか俺が出てくると思わなかったのか、ガバン達は狼狽する。

まあ、こいつ等より俺の方が先輩だからな。

「新人相手に何人がかりで詰め寄ってるんだ

「こいつ、新人のくせに俺らへの敬意がない」

敬意か

物は言いようだな。

「じゃあアラミスがお前より強かったら問題はないわけだ」

俺がそう言うと、ガバンは高笑いした。

「こんな女みたいな顔した奴が俺より強い筈ないだろ」

「なら、剣で一体一で勝負しろ。訓練の一環だ。決闘ではない」

アラミスは何か言いたそうだったが、拒否はしなかった。

互いに剣を抜き、俺の合図で勝負は始まった。

ガバンは余裕の表情。

だが、アラミスだって安易に飛び込んでいくようなことはしない。

相手だって銃士隊員だ。

戦地を何度も経験し、今まで生きてきたのだそれなりの実力はある。

しかし、それはアラミスだって同じだと俺は思ってる。

今まで何度も死ぬ思いをして、これまで生きてきた

そういう面では目の前の男に引けを取らないはずだ。

アラミスは深く息を吸い込むと地面を蹴り、ガバンの真正面に飛び出した。

相手はニヤリと笑った。

思った通りと顔に書いてある。

けど、アラミスは瞬時に方向転換し、右に回る。

ガバンは一瞬、呆気にとられたような顔をしたが、アラミスについてくる。

けれど身の軽さはアラミスの方が勝っているのだ。

ガバンの裏を取り、身を屈めると男は体勢を崩す。

そこでアラミスは一気に畳みかけ、ガバンの剣を弾き飛ばした。

「そこまでだ!」

静止させた。

アラミスの剣先はガバンの首より少し上で止まっている。

「くそ! もう一度だ! ちょっと油断しただけだ!」

見苦しいな敵を前にしても同じことが言えるのか

まあ、仲間の手前、引くに引けないのだろう

「こんな女みたいな顔した奴に俺が負けるなんてこれは何かの間違いだ!」

俺が眉間に皺を寄せた瞬間、逆上したガバンはアラミスに飛びかかった。

それは一瞬のことで、アラミスの反応が少しだけ遅れた。

「やめろ!」

俺はガバンとアラミスの間に入り、奴の腕を掴んだ。

「勝負はついたこれ以上は訓練の域を超える

俺はガバンの剣を拾い、手渡しながら囁いた。

「新人相手に熱くなり過ぎだ

「その新人に、早々に現実を教えてやってんだよ

何が現実だ

ただ気に食わないだけだろ

「いいかこれ以上アラミスに危害を加えようと思うなよ

低く抑えた俺の声に、ガバンは気圧される

俺にとってガバンなど取るに足らない

仲間内でこんな茶番は沢山だ。

これ以上面倒を起こすなら、俺は手を抜かない。

俺の気迫にこれ以上はまずいと思ったのか、奴等は無言でその場を離れた。

「アラミスあまり無茶はするな

「ごめん

まあ、そんなことで解決することは思ってない。

結局、アラミスに対しての奴等の風当たりの強さはしばらく続いた。

 

 

それからアラミスは何度か戦争や内乱に駆り出された。

まだ新人だが、なんだかんだと生き残っているし、それなりに戦果を挙げている。

銃士としては着実に経験値を積み上げてきているが

正直、俺の胸中は複雑だった。

結局フォローしている俺の行動

ほっておけばいいのは分かっているが

隊長の掌で転がされているのは分かっている。

さて

次の戦地は、場所があまり良くない。

隊長はアラミスを戦場に出さずにパリに待機させたい意向だったので、俺は賛成した。

だがアラミスは不服だったのか俺に絡んでくる。

「だめだ」

「なんで?」

「隊長の指示だあの場所は危険すぎる

俺も隊長と同じく反対だった。

「お前はパリに待機だ」

「もっと実戦を積みたい」

「パリで国王を護るのも立派な任務だし、経験だ」

「それは分かってる

「いや、分かっていない少し頭を冷やせ

アラミスは考えている。

考えても俺や隊長が反対する理由が分からないだろうな

お前が知らない世界は、まだこの世の中に沢山ある。

お前が今まで生きてこれたのが奇跡なのではないかと思うほど壮絶な世界だ。

あの場所は、天候が変わりやすい上に地盤も悪い。

諜者が紛れ込みやすいのか、たくさんの軍人が命を落とす。

調査に行った者さえ背後から襲われる。

「それでもアトスは戦って生きて帰って来てるじゃないか

「自分の身は自分でしか護れない」

「ボクは足手纏いってこと

「経験を積むのはいいだが、死んだら終わりだ

俺の声はアラミスに届いただろうか

過去の出来事を変えることはできない。

でも、未来は変えられる

これは俺自身にも言えることだな

どちらにしても、もう後戻りはできない

 

 

        ※※※※※※※※

 

 

次の戦地に行きたいのではなく、仲間に置いて行かれるのが嫌だった。

大変な場所らしいし、隊長もアトスも大反対している。

それでも行きたいと思ったのは、どこかで死ぬ場所を求めていたのかもしれない

フランソワのところに

それもひとつの抜け道なのかもという思いが、ほんの少し頭の隅にあったのは事実。

こんな世界に入ってしまったのだ

どちらにしても安穏とした世界はもう私には無縁なのだ。

しつこい私にとうとうアトスが折れた。

「俺から一本とってみせろそれができたら隊長に掛け合ってやる」

アトスに勝てばいいんだな

私はアトスに勝負を挑んだ。

剣を向けながら、私は敢えて間合いを詰めた。

一気に間合い入られたアトスは、流石に慌てることなく私の剣を受け止める。

力では押し負けてしまうので、私はまた距離を取る。

隙を伺うもアトスにそんな隙は生まれるはずもない。

でも、すぐに気持ちを切り替え、間髪入れずに飛びかかる。

剣を振りながら、アトスの動きをよく見て、その動きから全て読みとるつもりでいた。

そしてその時は来た。

アトスの剣を弾き飛ばしたのだ。

「よくやった

アトスの声に、私は勝ったのだと気付いた。

勝って高揚していたせいか、アトスがどのような表情をしていたのか覚えていない。

アトスは静かな口調で

「約束は守るただし、条件がある

条件?

「死ぬな必ず生きて戻ってこい。それが条件だ

私の頭の隅にあったものを、アトスに見透かされていたような気分になり、思わず目を逸らす。

でも約束をした。

私は死ぬワケにかなくなった。

 

 

戦況は上々。

だが戦場場所が悪い。

確かに危険な土地だと言われたことに納得する。

同胞達も正規軍より傭兵の方が多い。

あれは

戦地の奥で見つけたのは、以前私に絡んだ銃士のガバンだ。

そう言えば先発として入っていたんだったな

大きな怪我も無いようで、悠々と戦地を横過している。

朝の決起集会には多くの軍人がいたので、ガバンの存在に気付かなかった。

あまり関わりたくないな

そう思っていたのに、相手の方が私を見つけてしまった。

敵に間違えられて撃たれるよりはマシか

「お前が居るなんてなよっぽど人数が足りないんだな

相変わらず感じが悪い。

あれから目の敵にされているようで、仕事ではあまり絡まないようにと

隊長が業務の采配を考えてくれていたのだろう

数える程しか一緒に仕事をしたことはない。

口が悪くて粗野な銃士は沢山いたけれど、ガバンとは特に反りが合わなかった。

だから、彼の言葉に思わず顔を顰めた。

「へえお前、そんな顔もできたんだ眉ひとつ動かさないような感じだったのにな

口調が馴れ馴れしくて気持ち悪い。

それでも先輩に変わりはない逆らうのは得策ではなかった。

空気がピリピリする。

言葉の圧が重い。

同胞ゆえに、一緒に行動した方がいいのだろうが、他に仲間がいない

個人的には別行動したい

いや、別行動しようそして他の仲間と合流して

アトスが後から戦地に入るって聞いてたけど、流石に今日は無理だよね

そんなことを考えていたら、急に空模様が悪くなってきた。

「おい土砂降りになるぞ

私も空を見上げる。

ああ、嫌な雲だ

早く仲間と合流したい

「陣営に戻る

そうださっさと戻ってしまえばいいんだ

そう考えた瞬間、雨が降り出した。

「もう降ってきたぞ!陣営に着いた時点でずぶ濡れた!」

別にいいよ

それでもお前と一緒に居るよりはいい

なんて思っていたら

「あっちに廃墟がある雨宿りに丁度いい

ガバンがそう言いだした。

雨宿り

「何やってんだ!行くぞ!!」

先に進んだガバンが怒鳴る。

え?

雨宿り?

ガバンと?

思わず言葉に詰まる。

それと同時に雷がどこかに落ちた激しい音が轟いた。

正直言うとヤダ

気乗りしない

でも断る選択も理由もない

仕方なく着いて行く。

そしてその廃墟に入ったと同時に雨が一層激しくなった。

小さく溜息を吐く。

この廃墟は、どうやら以前は教会だったらしい。

主祭壇の名残みたいなものが視界に入った。

まあ、雨除けには十分だ。

先に雨宿りしている仲間がいればそう思ったが、残念なことに人の気配はない。

「休憩するには十分だな」

ガバンの声が聞こえる。

その声が憂鬱な気分を増幅させる。

気を紛らわせるために、奥にある主祭壇の名残らしきものを、しげしげと眺めていると

「お前さ

背後からガバンが声を掛けてくる

「お前、アトスのお手付きなのか?」

はぁっ!?

突然なにを言い出す?

驚いて振り向こうとした瞬間、背後から頭部を殴られた。

え!?

何!?

そんな不意打ちに身構えることもできなかった私は、床に倒れ込む。

起き上がろうとしたら、ガバンが圧し掛かり私の首に手を掛けた。

「騒ぐなよ」

今の状況一体どういうことだ

「ったく今回の戦地はつまんないんだよ規則が多すぎて女も買えない

言ってる

「本当は女がいいんだけど、お前、女みたいな顔してるから、お前でいいや

だから

言ってるの

「アトスが随分お前を庇うからさお前、アトスのお手付きなんだろ

違う

「だからさ俺にもやらせろよ

ちょっと待って

この男は何を

身の毛もよだつ様な恐怖が私を支配する

逃げないと

男の下から抜け出そうと藻掻くと、頬を殴られた。

手加減なしの殴打に、口の中が切れたようで血の味がした。

それでも抵抗すると、米神を2発殴られる

ダメだ

体格差があり過ぎる

「騒ぐなよ殺すぞ

ガバンは私の服の襟ぐりを強引に開いた。

私は

同胞にでさえ、こんな仕打ちを受けるのか

ガバンの熱い息が首筋に伝わる

気持ち悪い

両手で押し返そうとしたら、また首を絞められた。

手加減なしだ

苦しい

私の力が抜けたのを確認すると、ガバンは私の服を剥ごうと手を進める

ガバンの手が止まった

「お前

男が息を呑むのを感じた。

「お前女かよ

もう絶望的な気分だった。

「はははっ

ガバンが豪快に笑い出した。

「銃士隊に女が紛れ込んでたなんてなぁ

もう終わり

「アトスがお前を庇ってた理由がそれか何?お前、あいつとデキてんの?」

私は応えなかったが、ガバンはどうでもいいようだった。

「丁度良かった。どうせやるなら女の方がいいからな」

ガバンはが私の頤を掴み

「こうやって間近で見ると、お前、かなりイイ女じゃないか

下卑た笑み

あの時と同じ

「お前の秘密をバラされたくなければ、お前これからずっと定期的にやらせろよ」

そう言い、舌で私の鎖骨を舐める。

「そうしたら、金払って女を調達する必要もないしな

気持ち悪い

ガバンの手が私の服をどんどん開いて行く

「今日は俺が脱がせてやるから、次は自分から脱げよ

結局こうなるのか

激しい雨音に、鳴り響く雷

私が叫んだところで届くことはないだろう

私はそっと右腕を伸ばした

 

 

        ※※※※※※※※

 

 

任務の都合上、先発隊には入れなかった。

ならせめてアラミスと一緒のタイミングで戦地に入りたがったのだが

それもできず、俺は複数人の仲間達と後発として戦地に入った。

午前中の内に陣営に入り、戦況報告を受ける。

こちらが持参した追加物資の置き場を指示しながら、目でアラミスを探す。

いない

戦場か

陣営内にいる仲間から、ガバンを含めた同胞達がまだ戻って来ていないと

ガバンか

まあ、あいつの心配は不要だが、アラミスが気がかりだ

空模様も悪い

「敵の動きは?」

陣営内の参謀に聞く。

「これから雨が降るなかなりの土砂降りになるだろうし、この天気なら午後から相手も

前方には出て来ない筈だ

「なら我が軍は午後から動くか?」

「いやここは盆地だからな、大気中の水分も多いし、濃霧になる可能性がある。

追加物資が届いたんだ。今日は兵達を休ませた方がいい」

「同感だ」

傷を負った同胞たちが次々と陣営に戻って来る

だが、その中にアラミスはいない。

俺は銃士隊員を見つけたので「アラミスはどうした?」と問うが

傷を負って疲労困憊の仲間は「分からない」と首を振るだけだった。

聞けば、確かに今朝まではちゃんと生きていた。

大きな怪我もなく、朝から前線に向かったと

俺は空を見上げる。

確かにこれから土砂降りになるだろう

アラミス

俺は捜しに行くことにした。

怪我を負ったなら、陣営に連れて帰って来てやりたかった。

 

 

さっきから雷鳴がうるさい。

遠くで稲妻が光る。

アラミスはまだ見つからないが、もしかして

あの廃墟なら雨宿りにはなる。

アラミスは知らないかもしれないが、この戦地を経験した軍人なら

あの廃墟に仲間と共に避難しているかもしれない

俺はその場所に向かって足を速めた。

途中、雨に当たったが、何とか目的の廃墟に辿り着いた。

思ったより朽ち果ててはいない。

ここに居てくれればいいが

俺はゆっくりと中に踏み入った。

悪天候で外は真っ暗なのだ。

当然中も暗い。

目を凝らしながら中に進む。

血の匂いかする

怪我人がいるのか

同胞だったらいいが、万が一敵側の人間がいたらと思うと迂闊に声も掛けれない。

奥に進むにつれ、だんだんと目が慣れてきた。

主祭壇の近くで呆然と座り込む人の姿が視界に入る。

長い金髪

「アラミスか?」

近付く俺の視野が広がった。

アラミスの傍には大きな血溜まり

そして、その血溜まりの中に倒れている男が一人

「アラミス?」

俺の声で我に返ったかのように、アラミスは座り込んだまま俺に短剣を向けた。

「来るな

抑揚なくそう言い、絶望に満ちた瞳で俺を見詰める。

アラミスの衣服は襟ぐりが大きく開かれ肩が露出されていた

暴力を振るわれたのだろう、唇の端から血が流れ、首には絞められたような痣

そして血溜まりの中で倒れているのは

見たところ絶命している。

「アラミス俺だ

一歩踏み出した俺に向かって

「近付くな!」

まるで悲鳴のような叫び

「結局こうなる

「アラミス

「玩具のように扱われ捌け口にされる

倒れているガバンを一瞥する。

「怪我はないか

静かに問うが、アラミスはこの俺にさえ敵意を向ける

何があった

何をされた

そんなことは聞かなくとも、この状況で十分に判断できる

「アラミス俺だ

そんなことは何度も言わなくても、アラミスは俺がアトスだと、ちゃんと認識している。

「お前に危害を加えることはしない

それでもアラミスは俺に向ける短剣を下ろさない。

「分かった俺に剣を向けたままでいいまずは近くに行くことを許可してくれ

アラミスの返事はない。

それでも、俺が一歩踏み出すのを目で追っている。

剣は俺に向けたままだ。

ゆっくりとアラミスに近付き、俺の上着を肩から掛けてやりながら、

「俺のせいだ

つい、声に出た。

アラミスは小さく首を振り

「違う

「一緒に行動すべきだった

「そうじゃなくて自分が

そうだ

お前の強い希望で、この戦地に入ったが、許可したのは俺だ。

ガバンが先発に入っていることを知っていたのに

そのガバンが、お前に異様な執着心を抱いていたのは気付いていたのに

こんな事態になることを想像さえしていなかったのは、俺の失態だ。

「アラミス俺を許さなくていいから

そうして彼女に手を差し伸べる。

「俺を信じてくれ

「アトス

俺に向けて短剣を持つ彼女の手が震え始めた。

それでも剣を下ろさないのは、彼女の恐怖と絶望がいかに大きかったかを物語る。

彼女の瞳から涙が零れ頬を伝う。

「少し離れるから、衣服を整えろ

俺はアラミスが言葉を発する前に、その場から少し離れた。

「立てるか?」

「手を差し出してもいいか?」

返事はなかったが、俺が近付いた時には、その剣先は俺の方を向いてなかった。

俺はアラミスの手を握り、引き寄せた。

「出るぞ」

まだ雨は止んでなかったし、雷の音は相変わらず激しかったが

こんな場所に佇んでいるよりは、本陣に戻った方がいい。

アラミスの足元は覚束ないが、今は肩を支えたりするような接触はしない方がいいだろう。

今の彼女は、他者を徹底的に寄せ付けないそういう表情だ。

現にアラミスは、俺の後を一定の距離を保ちながらついてきた。

なんとか本陣に戻り、なんだかんだと理由をつけて、俺がアラミスをパリまで連れ帰った。

ガバンは戦死で処理した。

アラミスは何も言わないが、恐らく

ガバンに、暴力を振るわれ、覆い被さられた抵抗できない状態にされ

乱暴されそうになった

だが、アラミスは腕を伸ばし隠し持っていた短剣に手が届くことに成功し

覆い被された状態のまま、腕を奴の首に回し、背後から頚部を切ったのだ

傷は一ヶ所のみ。

その深さから見て、躊躇はなかったろう

少しでも手加減すると、ガバンの反撃に合って、それこそ何をされるか分からない

だからこそ、あの多量の出血

手口は鮮やかだ

戦争中に死んだ経緯なんて詮索はされない。

普段から素行の悪かったガバンは特に

 

 

それが5年前の出来事だ

今思えば、あれから三銃士と呼ばれるまでに昇りつめ

本懐を成し遂げたアラミスは、凄いとしか言いようがない

だが、ガバンの件で悟ったのだ。

結局は自分が強くなるしかないのだと

そうしてアラミスは、ずっと鍛錬に明け暮れ、実戦に参加し

確実に経験値を上げた

そして一時期は俺も含めて、男性陣にものすごい警戒心を抱いていたが

少しづつ

ゆっくりと

時間を費やして、その心を解きほぐした…そう思う。

5年の月日は、俺とアラミスの関係を同僚から愛しい存在に変えた。